『勝負眼』藤田晋
『勝負眼「押し引き」を見極める思考と技術』藤田 晋、文春e-book
社長交代の発表と同時期に発売された、サイバーエージェントの藤田さんの著書です。
とにかく、麻雀からこれほど多くのことを感じ、それを経営や仕事に応用していることに驚きました。 また(あえてなのかもしれませんが)、難しい言葉や言い回しがほとんどなく、等身大の言葉で書かれているので、スラスラと読み進めることができました。複雑なことを誰にでも分かる言葉で伝えられるという点も含めて、すごいなと思いました。
今回も、特に印象に残った部分をいくつか紹介します。
麻雀では自分ひとりだけ負けまくる状況も現れる。馬鹿ヅキの反対だけど、これでバランスを崩す人も多い。こんなに自分だけが負け続けるのは何かがおかしい、とその理由を探しても見つからない。でもそれは確率の偏りがあるというだけのことで、悲観的になっても仕方ないのに、負けが続いて平常心を保てず自信を失ってしまう。
不調が続いたり、トラブルが続発したり、理不尽な目に遭ったりしても、忍耐強く続けること。それが長期の成功をもたらす。
正しいと思って取り組んでいても、なかなか結果が出ず、方針や戦略を変えてしまう、なんてことはよくあります。 改めて考えた結果、本当に間違っていたのであればよいのですが、結果を焦るあまり、短期的な成果だけを見て判断を変えてしまうことには気をつけたいなと思いました。 大きな方向性は間違っておらず、少しやり方を変えたり、もう少し粘り強く続けたりするだけで結果が出る、なんてこともあるはずです。
結果が出ないからといって、必ずしもその判断が間違っているわけではない。 正しいと思ったことを正解にできるように、焦らず冷静に、やるべきことを粘り強く続けていきたいところです。 当たり前のようで、なかなか難しいことだなと思います。
数年に一度行く海外のカジノでも、私は手元にかなり多めのチップを置いてプレイする。常にギリギリの背水の陣でプレイする友人も見たことがあるけど、チップが残りあと少しになると、普段ならやらない、一か八かのベット(賭け金)で勝負してしまう。それは背水の陣からの一発逆転という、ヒリついた刺激を求めるには楽しいのかも知れないけど、本当に勝ちたいなら、やらない方がいい。 手元のチップにはいつも余裕があり、選択肢がいくつもある中で、主導権をとり、有利にゲームを進める。
身に覚えがありますね。 『稲盛和夫の実学』にも「土俵際に追いつめられ、苦し紛れに技をかけるから、勇み足になったり、きわどい判定で負けたりする。」とありましたが、まさに同じことだなと思いました。
運任せの一か八かの勝負ではなく、余裕を持ち、複数の選択肢の中から冷静に判断できる状況を常につくっておくことが大切なのだと改めて感じました。 (それにしてもカジノでの遊びからもこういったインプットを得て、経営に繋げることができるのはすごいなと思います。)
何らかの夢や理想を掲げて頑張るのではなく、失敗したり諦めたりしたら、仲間に迷惑がかかる、今の仕事を失う、恥をかく、などのイメージを喚起するのがマネジメントの正解なのだと考えてきた。それを何と言えばいいのか、長年モヤモヤしていたけど、「悲劇感を揺さぶれ」と表現した黒田監督の言語化する力は流石だ。自分たちがやってきたことが何なのか、しっくりくる。
とても現実だなと感じました。 目標や理想を掲げてそこに向かって頑張ろう!みたいのが組織論の主流な印象ですが、結局はこちらの考え方のほうが直接的で、人を動かす力があるというのはとても頷けます。 私自身、世界を変えたい!というようなビジョナリーなタイプではなく、できるだけゴロゴロしながら楽しく生きていたいタイプなので、良い餌をチラつかされるよりも、今ある普通の餌を没収されるほうが危機感が働きます。 また、夢や理想だけを原動力にしていると、結果が出ないときに脆い部分もあると思うので、その点でも腑に落ちました。
細かな改善、新機能の開発、コンテンツの企画制作、全てのクオリティのチェックを人任せにせず、自分で判断することにした。一番のユーザーでもある自分に誇れるものかどうか、それが判断基準だった。 そして、アメブロは国内1位のサービスとなり、黒字化も果たした。振り返れば、自社のサービスを使い倒し、ユーザーを知り尽くす。それが、BtoCの事業で当てたいのなら大前提として必要だったのだと思う。
これはもう、激しく同意です。 サービスをグロースさせていく上で、自分自身がヘビーユーザーであることは、何よりも重要なことだと思っています。
極端な話、自分でサービスを使っていない人の意見なんて聞きたくないし、そんなチームが考える施策がうまくいくはずがない。くらいに思っている、割と過激派なタイプです。 そういう意味で、判断に迷ったときに、安易にユーザーアンケートをして聞いてみましょう、なんて声を社内で聞くと、とても不安になります。 ユーザーの声を聞くこと自体はもちろん大事なのは理解しつつ、自分たちがユーザーのことを理解できていないから、とりあえず聞いてみよう、というのは違うだろうと。 百歩譲ってアンケートをするとしても、どんな回答が出てくるかを事前に予測して、こういう結果ならAの施策を、こっちならBの施策を、と考えた上で実施するのであれば、まだ分かります。そこまで考えずにアンケートを実施して、出てきた回答を見ながら、さてどうしようか?となっていたら、正直目も当てられません。
また、以前、新しい機能やキャンペーンの設計段階で「これ、自分でも使いたくなる?」と聞いたところ、「いや、私は使わないですね」と返ってきたことがありました。自分でも使いたいと思えないものをつくって、どうやってユーザーに使ってもらうつもりなの?と唖然としました。 もちろん、自分自身がターゲットではないケースもあるので一概には言えませんが、少なくとも自分たちが心から良いと思えるもの、自信を持っておすすめできるものをつくろうとする姿勢は、絶対に必要だと思っています。
社内には、小さなバグやレイアウト崩れについてよく気づく人と、全然気づかない人がいます。 これは普段どれだけ自分自身がユーザーとしてサービスを使っているかが、分かりやすく表れる部分だと思います。 毎日使っていれば、ちょっとした違和感にも気づくはずですし、使いにくいところや改善したいところなんて、いくらでも見つかるはずです。 とにかく、もっともっと自社サービスを使おう!(熱くなりすぎました)
組織は、一度楽な方を基準にしてしまえば、厳しい方に戻すのは至難の業だからだ。
これはシンプルに、そのとおりだと思います。 コロナ禍に先陣を切ってフルリモートに移行した会社が、今になって出社に戻そうとしても、なかなか戻せず右往左往しているのを見ると、まさにだなと感じます(もちろんリモートワーク自体の良し悪しは別の話)。
そういう意味では、組織のルールや制度を決めるときには、後から変えることができるかどうか、は常に意識したいと思いました。
小難しく考えずにシンプルで正しいビジョンを掲げ、細部の諸事情に決して揺らぐことなく、最後までやり切ること。会社経営でも政治の世界でも、リーダーの仕事で大事なことは、そういうことなんじゃないかなと思う。
とても共感です。 とにかく何事もシンプルで分かりやすく、些細なことにとらわれず、最後までやり切る。 結局これがシンプルに一番大切なことだと感じています。
麻雀は「主観、客観、俯瞰」が3つともできる人が最も強いと言われる。麻雀をやる人のほとんどは、主観で終わる。自分の手作りはもちろんのこと、牌が捨てられている河を見たり、相手の手を推理する。それらは全て主観に過ぎない。客観、俯瞰までできる人は、相手からは自分がどう見えているか、自分の精神状態はどうあるのか、焦っているのか、のんびりし過ぎているのか、平常心を保てているのか、自分を客観視できるようになる。さらに、俯瞰もできると大局的な視点で、現在の位置付けを認識し、勝負所や引くべきところを見極められる。自分の一時的な欲に負けて判断していたら最終的に麻雀は勝てない。 麻雀は忍耐を強いられることの多いゲームだ。負けて熱くなったり、勝っていて調子に乗ったり、逃げてばかりいたり。それらは全て自分の欲に負けている。自らを客観、俯瞰できればそんな自分の状態に気がつき、本来あるべき姿へと是正することができるのである。
『良き経営者の姿』にもあった「虫の目、鳥の目、魚の目」に近い考え方かなと。 目の前のことを細かく見るだけでなく、全体を俯瞰し、流れをも捉える。 厳密な違いはさておき、一つの視点に偏らず、複数の視点を持って物事を判断することが大切、という意味では、共通しているのかなと思います。
特に、自分が焦っているのか、調子に乗っているのか、といった自分自身の状態を客観視するという点は、強く意識したいと思いました。
思考を整理し言語化する時、そのプロセスを通じて自分自身が大きく成長するということだ。一方、言語化する機会をもたず、感覚で仕事をしているような時期は、いたずらに時が流れ、停滞しているように感じられる。 自分の頭の中にあるものを言語化し、他人が分かるようにアウトプットするのは苦しくて大変な作業だ。しかし、それをサボってはダメだ。
個人的にはこれが一番刺さりました。 この読書ブログのようなものを始めたきっかけもこれです。
自分が考えていることや思っていることを、他者に伝えるために整理したり、文章にしたりするのは、めちゃくちゃ面倒です。できることならやりたくないと私は思っています。
ただ、それをしなければ、自分の考えを理解してもらうことはもちろん、人を動かすことも、会社を継続的に成長させていくことも、できるはずがないなと。 なぜ分からないんだろう?ではなく、そもそも伝えていないことが分かるわけないだろう、という話ですね。
そして、実際に自分の考えを言葉にしていくと、理解が深まるだけでなく、考えの矛盾に気づいたり、もっと良いやり方を思いついたりすることもあるなと。 人に伝えるためだけでなく、自分自身の思考を深めるためにも、言語化はとても重要な作業なのだと強く感じています。 それと同時に、一番サボりがちな作業でもあります。
仕事だけでなく、麻雀などの中からこれだけ多くのことを感じ、経営に活かしているのは本当にすごいなと思いました。 私も趣味や遊びから、もっといろいろなことを感じ繋げていけるようになりたいなと。そして、それをサボらずに言語化していこうと思います。