SHOE DOG 靴にすべてを。/フィル・ナイト

shoedog

世界最高のブランド「NIKE」の創業者フィル・ナイトの自伝。
ハラハラドキドキする小説を読んでいるよう。(自伝なんだからそりゃそうだろって感じだけど。)
個人的には今年NO.1のおもしろさだ!

以下メモ。

人が1日に歩く歩数は平均で7500歩で、一生のうちでは2億7400万歩となり、これは世界一周の距離に相当する。シュードッグはそうした世界一周の旅に関わりたいのだろう。彼らにとって靴とは人つながる手段であり、だからこそ彼らは人と世界をつなぐ道具を作っているのだ。


1962年のある日の朝、私は自分にこう言い聞かせた。馬鹿げたアイディアだと言う連中には、そう言わせておけ…走り続けろ。立ち止まるな。目標に到達するまで、止まることなど考えるな。”そこ”がどこにあるのかも考えるな。何が起ころうとも立ち止まるな。

最終日はシャンデリゼ通りを歩き、パリを解放した連合軍の跡をたどり、その間はずっとパットン将軍のことを考えていた。
「物ごとのやり方を人に教えてはいけない。何をすべきかを教えてやれば、思いがけない結果を出してくれる。」
偉大な将軍の中でも、彼ほど靴に取りつかれていた人はいない。
「靴を履いた兵士は兵士でしかない。だがブーツを履けば戦士になる」

私は商売が突然機動に乗った理由について考えた。百科事典は売れなかったし、軽蔑もしていた。ミーチュアルファンドの売り込みはマシだったが、内心では夢も希望もなかった。
シューズの販売はなぜそれらと違ったのだろうか。セールスではなかったからだ。私は走ることを信じていた。みんなが毎日数マイルを走れば、世の中はもっと良くなると思っていたし、このシューズを履けば走りはもっと良くなると思っていた。この私の信念を理解してくれた人たちが、この思いを共有したいと思ったのだ。信念だ。信念こそは揺るぎがない。

競争のコツは忘れることだと、私は陸上から学んだ。この事実を私は今一度自分に言い聞かせた。自分の限界を忘れる。不安、苦痛、過去も忘れる。「もう一歩も動けない」という自分の内なる叫びや甘えも忘れる。

他人のためになんて働きたくない。自分だけのもの、「これを作ったのは僕だ」と指さして言えるもの作りたい。自分の人生を有意義にする方法はそれしかないんだ。

ナイキって?
ギリシャの勝利に女神。
スウッシュって?
人が走り去っていく時の音だよ。

「この瞬間こそ、私たちが待ち望んでいた瞬間だ。私たちのとっての瞬間だ。もう他社のブランドを売らなくてもいい。誰かのために働かなくてもいい。オニツカには何年も拘束されいた。出荷は遅れるわ、注文は間違うわ、こちらのデザイン案ははねつけるわ。これじゃあ誰だってうんざりだ。事実に向き合う時だ。これからの成功や失敗は私たち自身の責任、自らのアイディアとブランドにかかっている。
昨年は200万ドルの売り上げを出したが、オニツカはまったく関わっていない。この数字は私たちの創意工夫と勤勉の証だ。これは危機じゃない。これは解放だ。私たちの独立記念日だ。…」

自分の知識を補強する最善の方法はそれを分け合うことだと、経験から学んだのだ。

私たちは世間に対し、田舎者でないことを何としても示したかった。それいて、ほぼ全員が哀れなほど自己嫌悪の塊で、このため自己主張を抑えている。自分を賢いと思う馬鹿者は1人もいない。…
誰も自分を信じていないし、特別な人間とも思っていない。私たちのミーティングでは軽蔑やあざけりの言葉、罵声が飛び交うのが当たり前だった。
半端な罵声ではない。拒否したり、会社に迫る脅威について徹底的に話し合っている時は、人の気持など後回しだ。

私たちはリコールを出し、世間からの批判に備えたが、クレームは出なかった。それどころか、聞こえてくるのはねぎらいの声ばかりだ。他の会社はどこも新しいことを試そうとしない。ナイキの努力が成功しようとしまいと、その意気込みは立派だと見なしてくれたのだ。…
LD-1000の失敗は天才作家の書いた小説がいま一つだったのと同じで、よくあることだ、執筆を止める理由にはあたらない。

私たちは再び会社を移転させた。さらに広いスペースが必要になり、見つけたのが4万6000平方フィートで、施設がすべて揃っていたのだ。サウナ、図書館、ジムもあり、会議室も数えられないくらい増えていた。リース契約にサインした私は、ウッデルと一緒にオフィスを車で探し回った夜のことを思い出しながらも、頭を振って感傷を振り払った。勝利の気分はまったくない。「明日になれば一瞬で消えるかもしれないんだ」と私はつぶやいた。

一部の人間にとって、ビジネスとは利益の追求、それだけだ。
私たちにとってビジネスとは、金を稼ぐことではない。
私たちの体内では赤血球や白血球、血小板が作られ、各部に均等に滞りなく時間どおりに送られる。そうした人体の営みは、より高い次元の目標達成に向けた基本的なプロセスだが、それ自体は私たち人間が果たすべき使命ではない。その基本のプロセスを越えようと常に奮闘するのが人生だ。
1970年代後半の私はまさに奮闘していた。私は勝つとはどういうことかを見つめ直し、勝つこととは、負けずに生き延びる以上のことだと知った。
勝つことは、私や私の会社を支えるという意味を超えるものになっていた。私たちはすべての偉大なビジネスと同様に、創造し、貢献したいと考え、あえてそれを声高に宣言した。何かを作り改善し、何かを伝え、新しいものやサービスを、人々の生活に届けたい。人々により良い幸福、健康、安全、改善をもたらしたい。そのすべてを断固とした態度で効率よく、スマートに行いたい。

会社はどんな場合でも1人の人間が経営し、頑固たる落ち着いた声で社内の総意を代弁しなければならない。

私は青空や白い天井を見上げた。それから裸足の足をトラックの荷台の上でブラブラさせて、新鮮な緑の風が当たるのを感じ、温かいドーナツに付いた砂糖を舐め回した。こうした幼い頃の感情があったからこそ、私はリスクを背負い、カミソリの刃の上を歩くことができたのだろう。安定と破滅の間を行き来する起業家精神の土台にあるのは、あの時の安定感と満たされた感情、きっとそうだ。

私は『最高の人生の見つけ方』のあるセリフを思い出した。「自分の価値は、自分に関わる人たちで決まる」。ニコルソンとフリーマンのどちらが言ったのかは思い出せないが、まったくそのとおりだ。

若い人たちが失意に陥らないよう、手伝いができたらと思う。彼らには立ち止まって、時間をどう使いたいのか、これからの40年を誰と過ごしたいのか、じっくりしっかりと考えてもらいたい。20代半ばの若者たちに言いたいのは、仕事や志す道を決めつけるなということだ。天職を追い求めてほしい。天職とはどういうものかわからずとも、探すのだ。天職を追い求めることによって、疲労にも耐えられ、失意をも燃料とし、これまで感じられなかった高揚感を得られる。
権力を打破しようとする人たち、世の中を変えようと思う人たちに言っておきたいのは、背後で常に目を光らせている連中がいるということだ。成功するほどその目も大きくなる。これは私の意見ではなく、自然界の法則だ。

時には断念することも必要だ。断念する時期と、別のことを試みる時期を知ることも大事なのだ。断念することは、止まることではない。決してとまってはいけない。
運の力も大きい。そう、私は運の力を認めいる。アスリートも詩人もビジネスマンも、運をつかんでこそ成功する。勤勉はもちろん大事だが、いいチームも欠かさない。頭脳と決断力はかけがえのないものだが、運が結果を左右することもある。

みんなに言いたい。自分を信じろ。そして信念を貫けと。他人が決める信念ではない。自分で決める信念だ。心の中でこうと決めたことに対して信念を貫くのだ。