決断する力 / 羽生善治

habu

釣った鯛をたとえに、
「じっと見ていても何も変わりません。しかし間違いなく腐ります。どうしてか?時の経過が状況を変えてしまうからです。だから今は最善だけど、それは今の時点であって、今はすでに過去なのです。」

スクラップ・アンド・ビルド(破壊と創造)という言葉がある。
破壊することから新しいものは生まれるのだ。盤上で将棋を指すときは創造的な世界に進む、一回全部をガチャンと壊し、新しく違うものを最初からつくるぐらいの感覚、勇気、そして気魄でいたほうが、深いものができるのではないだろうか。


一つの局面で一時間、二時間、三時間と考える。だが、長い時間考えた手がうまくいくケースは非常に少ない。
逆にいうと、一時間以上考えているときは、考えるというよりも迷っている。登山中に、霧の中でルートが見当たらずに、同じようなところをぐるぐる回っているという感覚だ。この筋はダメという結論が出たときに、長い時間かけて考えると、その手筋を捨て去ることが思い切れなくなることもある。情が移ってしまうのだ。

全体を判断する目とは、大局観である。一つの場面で、今はどういう状況で、これから先どうしたらいいのか、そういう状況判断ができる力だ。本質を見抜く力といってもいい。
その思考の基盤になるのが、勘、つまり直感力だ。直感力の元になるのは感性である。
たとえば、数学は緻密なロジックによって構成された論理的な学問であると思われている。だが、数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞した小平邦彦先生は、数学は高度に感覚的な学問であるといい、それを「数覚」と名付けている。中学校の幾何学で、図形の問題は、まず補助線が閃かないと解くのが難しいが、将棋も、この補助線のようなひらめきを得ることができるかどうかが、強さの決め手になる。
将棋にかぎらず、ぎりぎりの勝負で力を発揮できる決め手は、この大局観と感性のバランスだ。感性は、どの部分がプラスに働くというのではなく、読書をしたり、音楽を聴いたり、将棋界以外の人と会ったり、というさまざまな刺激によって総合的に研ぎ澄まされていくものだと思っている。

私は、積極的にリスクを負うことは未来のリスクを最小限にすると、いつも自分に言い聞かせている。